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講談社選書メチエ『日中戦争下の日本』(井上寿一著)は日中戦争下の日本社会の雰囲気がわかる良書 ※現在は『日中戦争 前線と銃後』に改題

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※現在は『日中戦争 前線と銃後』と改題されて、講談社学術文庫から出ている

 日本で「あの戦争」というと、英米と戦った太平洋戦争ばかり連想され、空襲の体験ばかり語られる。しかし、そもそも日本は中国と長い戦争をしていた。長きに渡る日中戦争だが、そもそも国民はこの戦争をどう受け止めていたのか? 今後、日本がもし戦争をするのなら、国内ではなく、まず国外で起きるだろう。その時、どのようなことが起こるのか? 歴史の前例として、日中戦争中当時の日本社会がどうなっていたのか気になっていたのだが、その興味や疑問に答えてくれる一冊。
 著者の井上寿一氏は戦前の日本がアメリカ化(大衆消費社会)、格差社会、大衆民主主義だったことを描く『戦前昭和の社会 1926-1945』が面白かったので、『日中戦争下の日本』も読んでみたのだが、当たりだった。前半は前線と銃後の意識の差を描き、後半は大政翼賛会など政治体制にスポットを当てているのだが、一般国民の心情がよくわかる前半の話が非常に興味深い。

 前線の兵士たちは慰問袋がとにかく楽しみで、慰問袋に入っている女子学生からの手紙で名前は秘密と書いているというとがっかりしたりする。本の中では明言されてなかったが、女性の送った慰問袋だけが兵士たちの楽しみだったっぽい。
 昭和10年代というのはすでに大衆消費社会が成立しており、銀座ではデパートがばんばんできていた。日中戦争では戦争のおかげで景気がよくなっており、デパートは昭和12年末に記録的な売上を達成したそうだ 。この慰問袋も、初期は手作りのものがあったが、だんだん今のお歳暮のように慰問袋セットというのができるようになって、デパートで売っていたというのが、すごく消費社会!って感じであった。前線の兵士たちはデパートでその慰問袋セットを見て、かなり複雑な気持ちになったらしい。

 戦場で戦った兵士たちは内地が苦労しているのかと思っていたら、戦争景気で消費に明け暮れていることに驚く。そして帰還しても、尊敬されるどころが、女子学生に汚いモノでも見るように扱われてしまう。これまでの戦争はわかりやすく功績があったが、日中戦争にはそれがなかったので、兵士たちはこのような扱いになってしまっていた。このままではいけない!と兵士たちは戦争を通して日本の革新を意識するようになる。
 革新を意識するようになったのは兵士たちだけではない。小作農や労働者も変革を求めるために戦争を使っていく。そう、まさに赤木智弘氏による「希望は、戦争。」であった。後書きでは、しっかり「「丸山眞男」をひっぱたきたい 31歳フリーター。希望は、戦争。」について触れられており、戦中との類似性について言及している。

 人気作家で前線で戦った火野葦平は帰還してからの講演で、占領地の警備なんだから、簡単な任務だろうと思われているが、警備こそが大変であると訴える。日中戦争は今でいえばイラク・アフガン戦争のようなものだ 。
 仲が良かった喜劇役者の古川ロッパと劇作家の中野実が、中野実が出征して、どんどん兵士としての意識に目覚め、銃後の日本を批判するようになり、仲違いしてしまうというエピソードが切なかった

 日本の戦争を考えるというと国内での空襲体験ばかりがクローズアップされるが、実際に起こる戦争というのはまず国外な訳で、『日中戦争下の日本』は国外で行われる戦争が、いかに国内では存在が薄くなっていくかが理解できる非常に良い書籍であった。

※『日中戦争下の日本』の感想はTwitterで連投していたので、それをベースにまとめた

※同じ著者によるこの本もお勧め


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